東京家庭裁判所 昭和43年(家)4338号 審判 1969年1月27日
申立人 宮内清子(仮名)
相手方 宮内信昭(仮名)
主文
相手方は申立人に対し、婚姻費用の分担として、
(一) 直ちに金四万三、〇〇〇円を
(二) 昭和四四年一月以降、当事者の別居解消または婚姻解消に至るまで毎月一万五、〇〇〇円ずつ、および毎年六月ならびに一二月の賞与時には上記金額に各金二万円をそれぞれ加算していずれも毎月末日限り、ただし毎年一二月は二五日限り、いずれも東京家庭裁判所に寄託して支払え。
理由
一、申立の実情
(一) 申立人と相手方は昭和三三年五月頃婚姻し、申立人の肩書住所で同居生活をしていたが、相手方は昭和四〇年夏頃より他の女性と関係を生じるようになり、これが不和の原因となつていたところ、昭和四二年一〇月六日、申立人の留守中に相手方の荷物を運び出し、その女性と同棲生活を始めた。
(二) そこで申立人は相手方に対し、相手方が申立人と同居し婚姻生活が正常状態に戻るまでの婚姻費用の分担として、一ヵ月金四万円の支払を求める。
二、事件の経緯
相手方は申立人に対し昭和四一年二月二二日、相手方の親族との不和、不妊および性格相違を理由に離婚を求める旨の調停申立をなし右事件は当庁昭和四一年(家イ)第八四二号夫婦関係調整事件として係属したが右事件は昭和四一年五月二〇日不成立となつた。相手方は再び申立人に対し昭和四一年一二月八日申立人との婚姻届出の無効確認を求める旨の調停申立をなし、右事件は当庁昭和四一年(家イ)第五九九〇号調停事件として係属したが、右事件も昭和四二年二月一六日不成立となつた。その後、昭和四二年一〇月三〇日今度は申立人が相手方に対し夫婦関係の円満調整を求める旨の調停申立をなし、上記事件は当庁昭和四二年(家イ)第五二五六号調停事件として係属したが、本件申立人は昭和四三年二月一四日上記事件を都合によりとの理由で取下げ、さらに同日本件相手方に対し本件調停を申立てたものである。本件調停申立につき、当庁調停委員会は七回調停を試みたが昭和四三年四月二〇日、当事者間に合意の成立する見込みなしとして調停手続を終結したので、本件は審判手続に移行したものである。
三、当裁判所の判断
(一) まず、相手方は昭和三五年二月一日東京都品川区長受附の婚姻届出による婚姻が無効であると主張するけれども、前記認定の右届出は申立人と相手方との事実上の共同生活中になされたものである事実、および両当事者はその届出後も昭和四二年まで共同生活を続けていたものであること、さらに相手方は前記認定のとおり自ら離婚調停の申立をなしていることを綜合すると、かりに右婚姻届出が申立人ひとりの手によつてなされたものであつたとしても、相手方の承認のもとになされたものか、あるいは、少くとも上記届出を相手方において追認したものと推認せざるを得ないから、相手方の上記主張がいわれのないものであることはいうまでもない。
(二) 申立人および相手方の各本人審問の結果および当庁調査官永井百合子作成の昭和四三年九月一六日付調査報告書その他本件記録中の一切の資料ならびに前記関連記録中の一切の資料を綜合すると次のように認めることができる。
(イ) 申立人と相手方は昭和三三年五月事実上結婚し、昭和三五年二月一日婚姻の届をなし、申立人肩書住所にて同居生活をしていた。
(ロ) 申立人と相手方が別居に至つた事情は、夫婦は結婚当初は円満にいつていたものの、相手方が笹塚洋子と親しくなるにつれ円満を欠くようになり、相手方は遂に家を出て前示の女性と昭和四二年一〇月六日から同棲するに至つた。そして昭和四三年七月三〇日相手方とその女性との間には男児正行が生まれ、直ちに相手方は認知している。相手方は現在申立人との同居生活を回復する意思は全くなく、勤務を終れば直ぐ家に帰り、現在の生活を是非とも守りたいという。
(ハ) 申立人自身も相手方との関係が将来再び回復することは殆んど不可能であると考えており、いずれは離婚した方が申立人にとつても幸せであろうと考えるに至つているが、反面、相手方とその女性との間の同棲、出産という既成事実に追いつめられて離婚に応じるということは耐えられないので、当分現在のままで生活してみて、自主性をもつて事態を処理することができるようになつてから離婚しようと考えている。
なお、申立人は現在どこにも就職しておらず、編物の練習を始めているがまだ内職による収入を得るに至つていない。
(ニ) 相手方は株式会社○○社に勤務して現在に至つており、その収入は昭和四三年中、平均給与月額五万
五、〇〇〇円、賞与一〇万円ずつ年二回の収入が見込まれる。
以上の事実が認められる。
(三) 以上の事実によると、別居の原因は相手方の不貞に起因するものであることは明らかである。
そこで、つぎに相手方が婚姻費用の分担として申立人に支払うべき金額について考えてみる。
(イ) 相手方は前示女性と現に同棲中であるが、相手方との関係の維持は正当視できぬ関係であり、したがつて、この女性の生活費を婚姻費用分担にあたつて考慮すべきでないことはいうまでもない。しかし、両者間の未成熟子については、相手方において扶養義務を負うものであるから、その養育費は婚姻費用分担の計算にあたつて考慮すべきものと解せられる。
(ロ) ところで、本件婚姻費用分担の算定基準として労働科学研究所が昭和二七年に行なつた実態調査の結果を利用する方法(以下単に労研方式という)を参考にすることにし、まず、申立人の生活に要する最低生活を算定してみると、上記労研方式により成人一人の消費単位を一〇〇とすると主婦の消費単位は八〇で、消費単位一〇〇あたりの最低生活費は昭和二七年当時七、〇〇〇円であり、当時の消費物価指数六〇・〇に対し昭和四三年の消費物価指数は一一七・六で約二倍にあたるから、最近の消費単位一〇〇あたりの最低生活費は一万四、〇〇〇円となり、主婦である申立人の最低生活費は、夫との同居を仮定した場合14,000円×(80/100) = 11,200円となる。
(ハ) つぎに、相手方の収入をもとに申立人と相手方が暮ししかも未成年者正行は申立人の子ではないので、他に預けると仮定した場合、申立人の生活にあてられるとみられる金額を上記労研方式を参考に算出してみることとする。然るときは、労研方式によると申立人の消費単位は八〇、相手方は職業費として二〇%の加算が相当であるから相手方の消費単位を一二〇、零歳児の消費単位は三〇となる。そこで、賞与はふつう俸給生活者においては、不時の出費や日常生活の不足の補填にあてられることに鑑み賞与を別枠として、月平均約五万五、〇〇〇円の月給をまず、計算の基礎としよう。しかも、当庁調査官寺戸由紀子作成の昭和四四年一月一四日付調査報告書によると、零歳児の平均保育料は月額少くとも一万円を要することが認められ、さらに、前掲証拠によると、申立人は公団の家賃に七、七〇〇円、相手方は部屋代に一万二、〇〇〇円をそれぞれ支出していることが認められるので、まずこれらの現実の支出を計算に考慮し、五万五、〇〇〇円からこれらの費用を差し引くと、二万五、三〇〇円となる。
上記金額をもとに、労研方式による各人の生活費を計算すると、次のとおりになる。
申立人の生活費……25,300円×(80/120+80+30) = 8,800円
相手方の生活費……25,300円×(120/120+80+30) = 13,200円
零歳児の生活費……25,300円×(30/120+80+30) = 3,300円
上記計算により、月給五万五、〇〇〇円を配分すると、次のとおりとなる。
申立人の生活費……8,800円+7,700円 = 16,500円
相手方の生活費……13,200円+12,000円 = 25,200円
零歳児の生活費……3,300円+10,000円 = 13,300円
(二) 以上(ロ)(ハ)の算定を参考にしつつ、上記各証拠によると、申立人には、編物の内職等アルバイトにより多少の収入を挙げうる潜在的稼働能力のあることが推認できること、かつ、上記労研方式において、零歳児の消費単位が昭和二七年当時の社会経済状勢を反映して比較的低く定められていること、その他一切の事情を考慮すると、相手方が申立人に対し婚姻費用の分担として支払うべき金額は、毎月の給与のうちより一ヵ月金一万五、〇〇〇円、年二回の賞与のうちより、二万円ずつが相当と考えられる。
然して、相手方は申立人に対し、申立人が本件申立をなした月である昭和四三年二月分以降その支払義務があると解すべきところ、相手方本人審問の結果によると、昭和四三年度および昭和四四年六月期賞与は、住居移転ならびに出産費用のため会社や第三者から借り受けた債務の支払にその大半があてられることが認められるので、賞与からの支払いは昭和四四年から支払うべきものとする。ただし、申立人本人審問の結果によると相手方は昭和四三年二月一日以降昭和四三年一二月末日まで婚姻費用の一部は、当庁審判前の仮の処分にしたがい支払つていることが認められるが、上記計算によるとこの間の婚姻費用として四万三、〇〇〇円が未払であると認められるから、相手方は昭和四三年一二月末日までの未払分として四万三、〇〇〇円を直ちに支払うべきものとする。
(四) 以上の次第であるから相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として、四万三、〇〇〇円を直ちに、昭和四四年一月以降申立人の別居あるいは婚姻の解消に至るまで、毎月末日かぎり(ただし一二月は二五日かぎりとする)一月一万五、〇〇〇円ずつ、昭和四四年以降は毎年六月と一二月各末日かぎり(一二月の支払期は上記に同じ)それぞれ上記金員に金二万円を加算して支払うべきものと判断する。
よつて、申立人の本件申立を認容し、寄託について家事審判法第一五条の四を適用し、主文のとおり審判する。
(家事審判官 野田愛子)
参考一
審判前の仮の処分(東京家裁 昭和四三(家)第四三三八号 昭和四三・四・二審判)
住所東京都○○区○○○×丁目××番地○○○第×団地×~×××
申立人宮内清子(仮名)
住所東京都△△区△△△×丁目××番×号○○○方
相手方宮内信昭(仮名)
上記当事者間の婚姻から生ずる費用の分担事件について、当裁判所は参与員宮木広大の意見を聴き、家事審判規則第四六条第九五条に基づき、次のとおり審判する。
主文
相手方は申立人に対し、申立人の生活費として、昭和四三年四月から同年八月まで毎月末日限り金一万円ずつ及び本年上半期のボーナス時に金三万円をそれぞれ支払うこと。
(家事審判官 野田愛子)
参考二
審判前の仮の処分(東京家裁 昭和四三(家)第四三三八号 昭和四三・九・一七審判)
住所 東京都○○区○○○×丁目××番地○○○第×団地×~×××
申立人 宮内清子(仮名)
住所 東京都△△区△△△×丁目××番二号○○○方
相手方 宮内信昭(仮名)
上記当事者間の婚姻から生ずる費用の分担事件について、当裁判所は、参与員宮木広大の意見を聴き、家事審判規則第四六条第九五条を類推適用して、つぎのとおり審判する。
主文
相手方は申立人に対し、申立人の生活費として、昭和四三年九月以降本件審判確定に至るまで、一ヵ月金八、〇〇〇円ずつおよび毎年上半期ならびに下半期の賞与時には右金額に各金一万二、〇〇〇円を加算して、いずれも毎月末日かぎり支払うこと。
(家事審判官 野田愛子)
参考三
審判前の仮の処分(東京家裁 昭和四三(家)第四三三八号 昭和四四・一・二七審判)
住所 東京都○○区○○○×丁目××番地○○○第×団地×~×××
申立人 宮内清子(仮名)
住所 東京都△△区△△△四丁目××番五号
相手方 宮内信昭(仮名)
上記当事者間の婚姻から生ずる費用の分担事件について、当裁判所は、家事審判規則第四六条第九五条を類推適用してつぎのとおり審判する。
主文
一 当裁判所が、昭和四三年九月一七日なした審判前の仮の処分を取り消す。
二 相手方は申立人に対し、婚姻費用の分担として
(一) 直ちに金四万三、〇〇〇円を
(二) 昭和四四年一月以降本件審判確定に至るまで、毎月金一万五、〇〇〇円ずつ、および毎年六月ならびに一二月の賞与時には上記金額に各金二万円をそれぞれ加算して、いずれも毎月末日かぎり(ただし、毎年一二月は二五日かぎり)
いずれも当裁判所に寄託して支払うこと。
(家事審判官 野田愛子)